| 「宝くじ」の起源 |
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宝くじは、昔は、「富くじ」と呼ばれていました。この「富くじ」の起源ですが、約380年前の江戸時代初期に、現在の大阪府にある瀧安寺で行われたと言われています。その仕組みというのは、正月の元旦から7日までのお寺の参拝客が、自分の名前を書いた木札を唐びつの中に入れ、そして7日の日に寺僧がキリで、唐びつの中を3回突いて3枚の木札を選び、当選者3名を選ぶというものでした。当初は、当選者はご利益のある「お守り」を授かったのですが、それが次第に金銭へと変ってゆきました。 金銭と結びついた「富くじ」人気は次第に過熱してゆき、徳川幕府は、1692年に「富くじの禁令」を出したほどです。しかし、幕府は、寺社にだけは、お寺の修復費用を調達する一つの方法として、「富くじ」の発売を許可しました。このように人気のあった富くじですが、天保13年(1842年)の「天保の改革」によって一切禁止となりました。 なんと、100年以上経った昭和20年10月に、やっと今の宝くじの原型となる政府発行の宝くじが発行されました。さらに地方自治体が荒廃した戦災の復興策として、独自で宝くじを発売できるようになりました。 昭和29年に政府くじは廃止され、地方自治体の「地方くじ」のみとなり、昭和34年には「全国自治宝くじ」・「東京都宝くじ」などの5つの宝くじの原型ができました。その後、年末ジャンボ宝くじに代表される開封くじや、スクラッチ式宝くじの様な被封くじ、ナンバーズの様な数字選択式の宝くじが出現し、現在に至っています。 |
